top of page
検索

日本の工場が消えても、技術は消えなかった。世界を支える「暗黙知」と職人の力

3 時間前
読了時間: 13分

2025年9月、日本の液晶パネルメーカー、ジャパンディスプレイが発表した数字があります。


1,483人。国内で実施した希望退職の募集に応募した人数です。


同社の国内従業員数は、2025年3月末時点で2,639人。希望退職に応募したのは、その半数を超える人数でした。


千葉県にある茂原工場も、2025年11月に生産を終了しています。

かつて世界市場で存在感を放った日本の液晶技術。その一端を担ってきた企業が、これほど大規模な事業再編を迫られていたのです。


これは、決して一社だけの話ではありません。

ここ十数年、日本の製造業は中国をはじめとする海外メーカーの急成長によって、かつてないほど厳しい競争にさらされてきました。


長年にわたって磨いてきた技術があり、優れた製品を作ることができても、工場の操業を続けられなくなる。


設備が止まれば、そこで働く人々の仕事にも影響が及びます。

しかし、そんな現実の一方で、世界の製造業を今も支え続けている日本企業があります。

その強さの秘密を考えるうえで、欠かせない言葉があります。


それが、「暗黙知(あんもくち)」です。






かつて日本は、太陽電池の製造で世界をリードしていました。

シャープ、三洋電機、京セラなど、日本企業が世界市場で大きな存在感を示していた時代があります。


しかし、その勢力図は大きく塗り替えられました。


国際エネルギー機関(IEA)が2022年に発表した報告書によると、中国は太陽光パネルの主要な製造工程すべてにおいて、世界の生産能力の80%以上を占めるまでになりました。


中国が2011年以降、太陽光発電関連の製造能力拡大に投入した資金は500億ドル以上。欧州の10倍を超える規模です。


巨大な生産能力を背景に、中国メーカーは世界市場で急速にシェアを拡大しました。

大量生産によって製造コストが下がり、製品価格も下落していきます。


消費者にとっては、太陽光パネルを安く購入できるようになったという側面もあります。

しかし、製品を作る企業にとっては、厳しい価格競争の始まりでもありました。


2021年2月。パナソニックは、マレーシア工場と島根工場での太陽電池生産を終了する方針を発表しました。


マレーシア工場では、ウエハー、セル、モジュールの生産を終え、現地法人を清算。従業員に対しては、割増退職金の支払いや再就職支援を行う方針が示されました。


島根工場でも太陽電池セルの生産を終了し、対象となる従業員は別の事業領域への配置転換によって雇用を維持することになりました。


研究開発機能の一部も縮小されました。

販売事業などは継続するものの、長年取り組んできた太陽電池の量産から退くという大きな決断でした。


そして、液晶パネルの世界でも、厳しい現実がありました。

2024年5月、シャープは大阪府堺市にある大型液晶パネル工場の生産停止を決定します。

この工場を運営していた堺ディスプレイプロダクトの2023年度決算では、当期純損失が約1,000億円に達していました。


1,156億円もの赤字。


世界的な液晶パネル市場の低迷と価格変動、部材や人件費の高騰などが重なり、生産を続ければ損失がさらに拡大するおそれがあると判断されたのです。


太陽電池、液晶パネル、電子機器。

日本が得意としてきた分野で、工場が止まり、事業が縮小され、働く人々が職場を離れることになった例は、決して少なくありません。


もちろん、そのすべてが中国との競争だけで説明できるわけではありません。各社の投資判断や経営戦略、需要の変化なども大きく関係しています。


それでも、中国メーカーが世界市場で急速にシェアを拡大し、日本企業が厳しい競争に直面してきたことは事実です。


技術があれば勝てる。良いものを作れば売れる。

かつて信じられていたそんな考え方が、世界市場の現実によって揺さぶられたのです。





では、日本企業を苦境に追い込むほどの生産能力を手に入れた中国企業は、大きな利益を得ているのでしょうか。

実は、そう単純ではありません。


太陽光パネルの世界では、生産能力の急拡大によって供給過剰が起こり、激しい価格競争が続いています。


IEAの2025年の報告によると、中国では供給過剰とシェア争いによって、太陽光関連製品の価格が2023年以降60%以上下落しました。

主要メーカーの利益率はマイナス10%程度まで落ち込み、2024年初めからの累積損失は50億ドル近くに達しています。


世界市場で圧倒的な生産能力を持ちながら、中国企業は赤字に苦しんでいるのです。


生き残るために価格を下げる。

競合企業も価格を下げる。

利益が減れば、設備投資を見直し、人員を減らさなければならなくなる。

これは、日本企業だけでなく、中国企業自身をも苦しめる構造です。


世界シェアを拡大することと、企業として安定した利益を生み続けることは、必ずしも同じではありません。


ただし、中国が持つ生産能力や技術力まで否定することはできません。実際に中国企業は、コスト削減や製品開発を進め、世界の製造業に大きな変化をもたらしてきました。

重要なのは、どちらの国が優れているかという単純な話ではないのです。


大量に製品を作る力と、簡単には置き換えられない技術を持つ力は、必ずしも同じではない。ここに、日本のものづくりを考えるうえで、もう一つの重要な視点があります。





ここまでの話だけを聞けば、日本の製造業は衰退する一方に見えるかもしれません。

しかし、世界の製品を分解し、その内部に目を向けると、違う景色が見えてきます。


例えば、世界中で販売されているスマートフォン。

Apple、Samsung、Xiaomiなど、最終製品では海外企業の名前が目立ちます。

しかし、その内部に使われる電子部品や、製造に必要な装置の分野では、日本企業が高い競争力を維持しています。


その代表が、ソニーです。


スマートフォンのカメラに欠かせないイメージセンサー。光を電気信号に変え、写真や映像を記録するための重要な部品です。

ソニーは、この分野で世界トップクラスの地位を築いています。

同社が公表した2024年の資料によれば、2023年のイメージセンサー市場における金額シェアは53%でした。


もう一つ、日本が強みを持つ製品があります。


村田製作所の「積層セラミックコンデンサ」です。

これは電子機器の内部で電気を蓄えたり、電気信号のノイズを取り除いたりするための小さな部品です。


スマートフォンには数多くのコンデンサが組み込まれており、電子機器の安定した動作を支えています。村田製作所によると、同社の積層セラミックコンデンサは世界シェア約40%。

小さな部品ですが、世界中の電子機器に使われています。


さらに、半導体を作るための製造装置にも、日本企業の強みがあります。

東京エレクトロンは、世界有数の半導体製造装置メーカーです。

2026年3月期の半導体製造装置売上高は約2兆4,435億円。世界第4位の規模を持っています。


半導体の製造には、非常に薄い膜を形成する技術、微細な加工技術、汚れを取り除く洗浄技術など、数多くの高度な工程が必要です。

東京エレクトロンは、こうした工程で使われる装置を世界中に供給しています。


完成したスマートフォンや電子機器には、海外メーカーの名前が刻まれているかもしれません。しかし、その製品を構成する重要な部品や、製造工程で使用する装置の中には、日本企業が長年磨いてきた技術が数多く存在しています。


目立つのは完成品を販売する企業です。

けれども、その完成品を作るために欠かせない技術を供給する企業もまた、世界の産業を支えています。

もちろん、こうした分野でも中国や韓国、台湾などの企業が技術開発を進めており、日本の優位性が将来にわたって保証されているわけではありません。


それでも、日本のものづくりは、完成品の市場シェアだけでは測れない力を持っているのです。そして、こうした高度な技術は、簡単には真似できないのなのです。





精密な製品を作るためには、設計図が必要です。

最新の機械も、十分な設備投資も欠かせません。


しかし、同じ設計図と設備を用意したからといって、必ず同じ品質の製品を作れるとは限りません。


例えば、材料の状態を見極めること。

機械のわずかな振動や音の違いに気づくこと。

製造途中で起こる小さな変化を察知し、品質に影響が出る前に適切な調整を行うこと。


こうした判断には、数値による管理に加えて、現場で積み重ねてきた経験が役立つ場合があります。

そして、ここで重要になるのが「暗黙知(あんもくち)」という考え方です。


暗黙知とは、経験を通じて身につけた、言葉や数字、マニュアルだけでは十分に伝えきれない知識や技能のことです。


例えば、自転車の乗り方を文章で説明することはできます。

しかし、説明書を読んだだけで、誰もがすぐに上手に乗れるわけではありません。

実際に体を動かし、バランスを取り、何度も経験することで身についていく感覚があります。


職人の技術にも、それと似た部分があります。


熟練した技術者は、単に決められた作業を繰り返しているわけではありません。

作業の中で状況を観察し、違いを感じ取り、必要な調整をしています。

その判断のすべてを、文章で説明できるとは限らないのです。


経営学者の野中郁次郎氏らは、こうした暗黙知と、文章や数値で共有できる「形式知」の相互作用が、組織の知識創造に重要であることを研究してきました。


もちろん、暗黙知は日本だけに存在するものではありません。世界中の技術者や職人が、経験を通じてそれぞれの知識を身につけています。


また、高度な製造技術が暗黙知だけで成立しているわけでもありません。

科学的な研究、設備の性能、品質管理、企業同士の連携。

そのすべてが組み合わさって、安定したものづくりが可能になります。

ただ、その中には、資金を投入したからといって短期間で手に入れられるとは限らないものがあります。


それが、人と組織の中に積み重ねられてきた経験なのです。






ここまで日本の製造業についてお話ししてきました。


大規模な工場や最先端の電子部品の話は、身近な建築工事とは遠い世界の出来事に感じられるかもしれません。


しかし、長年の経験が技術を支えるという点では、共通するものがあります。

私たち美工舎が関わる塗装の仕事も、その一つです。


例えば、住宅の外壁塗装。

完成した建物を見ると、美しく整えられた外壁が目に入ります。

しかし、そこに至るまでには、さまざまな工程と判断があります。

同じ種類の外壁であっても、築年数や日当たり、風雨の影響、過去の補修履歴によって状態は異なります。


塗膜の浮きや剥がれ、細かなひび割れ、素材の傷み。

そうした状態を確認し、どのような下地処理や補修が必要なのかを考えなければなりません。


例えば、外壁の表面に小さなひび割れがある場合。

その大きさや深さ、発生している場所、下地の状態によって、適切な対応は変わります。

見た目だけを整えればよいとは限りません。


そして、塗装を行う際にも技術が求められます。

刷毛やローラーの動かし方。

塗料を均一に塗り広げるための感覚。

細かな部分を仕上げる際の力加減。

施工条件や仕上がりの状態を見ながら、必要な調整を行うこと。

こうした技能は、道具の使い方を一度教わっただけで身につくものではありません。

何度も経験を重ねる中で、少しずつ磨かれていきます。


もちろん、熟練した職人だからといって、感覚だけですべてを判断してよいわけではありません。

塗料メーカーが指定する塗布量や乾燥時間、施工環境などを守ることは大前提です。

そのうえで、現場ごとの違いに気づき、正しい知識と経験を組み合わせて施工する。


そこに、職人の専門性があります。


何十年という経験が生み出す技術。

それは、単に長く仕事を続けたということではなく、現場で何を見て、何を考え、どのように改善してきたかという積み重ねでもあるのです。






塗装工事には、少し不思議なところがあります。

仕事が完成すると、それまでに行ってきた多くの工程が見えなくなってしまうのです。


傷んだ部分を補修した跡。

古い塗膜や汚れを取り除いた下地。

仕上がりを考えながら行った細かな調整。

最後にきれいな塗膜が形成されれば、その下でどのような作業が行われたのか、外から見ただけでは分からなくなります。


しかし、そうした見えない工程が、塗装の品質を支えています。


これは、日本の製造業にも通じる話ではないでしょうか。

完成したスマートフォンを見ても、その内部にある微細な電子部品や、製造に使用された装置までは見えません。

けれども、それらの技術が製品の性能を支えています。

塗装職人の仕事も同じです。


目立たない仕事だから、価値が小さいわけではありません。


むしろ、目に見えなくなる工程にこそ、職人の経験や技術が生かされている場合があります。

建物を長く守るために必要なことを、見えなくなる部分まで考える。

その積み重ねが、塗装という仕事の大切な価値の一つなのだと思います。





ここで、もう一度、日本の製造業の話に戻ります。


日本企業が世界市場で直面してきた競争は、今も続いています。

高度な技術を持っているからといって、その地位が永遠に守られるわけではありません。

設備や研究開発への投資を続けなければ、技術は進歩しません。


そして、技術を使いこなす人がいなくなれば、長年積み重ねてきた経験が失われてしまう可能性もあります。

これは塗装業界にとっても、決して他人事ではありません。


熟練した職人が持つ技能を、どうすれば次の世代へ伝えられるのか。

長年の経験から身につけた判断を、どうすれば若い職人たちと共有できるのか。

一人ひとりが持つ技術を、職人同士の協力によってどう生かしていくのか。

こうした課題に向き合っていくことが大切です。


そして、技術を受け継ぐことは、昔ながらのやり方をそのまま守り続けることではありません。

経験から得た知識を言葉にし、新しい施工技術や材料も学びながら、よりよい方法へと発展させていく。


暗黙知を次の世代につなぐことは、過去の技術を保存するだけでなく、未来の技術を育てることでもあるのです。





世界の製造業は、この十数年で大きく変わりました。


日本を代表する企業が工場を閉じ、事業から撤退し、多くの人が仕事の転換を迫られました。

かつて世界をリードしていた分野でも、日本企業が主導権を失った例は少なくありません。

しかし、その一方で、日本が長年培ってきた技術は、今も世界中の製品と製造現場を支えています。


そこには、設備や設計図だけでは説明できない、知識と経験の積み重ねがあります。

そして、その価値は最先端の製造業だけに存在するものではありません。

地域の建物を守る塗装職人の仕事にも、長年の経験から培われた技術があります。


一つひとつの現場で学び、腕を磨き、次の仕事へとつないでいく。

完成した建物からは見えなくなる仕事にも、大切な意味があります。


技術は、一日では生まれません。


人が時間をかけて磨き、受け継ぎ、さらに進歩させていくものです。

世界の産業を支える日本のものづくりも、地域の暮らしを守る職人の仕事も、その点では共通しています。


私たち美工舎も、そうした技術の価値を大切にしていきたいと考えています。




お問い合わせはこちら(お見積もり・現地調査無料)

お電話: 018-816-0145(受付 9:00〜18:00 ※日曜定休)

会社名: 有限会社 美工舎塗装工業

住所: 秋田県秋田市寺内大小路207-94

お問合せフォーム:こちらをクリック





本記事は、YouTubeチャンネル「海外Yパパラジオ 世界を読み解く」の動画で取り上げられた、日本の製造業が持つ技術の蓄積という問題提起から着想を得ています。記事中の企業動向や数値については、企業の公式発表および国際機関の公開資料を別途参照しています。また、「暗黙知」と塗装職人の技術との関係については、美工舎の事業分野を踏まえた独自の考察として執筆しています。※企業の経営状況や市場シェアなどは、各出典に記載された時点の情報です。

 
 
 

最新記事

すべて表示
【家の外壁修理を自分で】DIYでできる範囲・補修方法・注意点

家の外壁に小さなひび割れを見つけたとき、「これくらいなら自分で直せないかな?」と思う方もいると思います。実際、外壁の状態によってはホームセンターで材料をそろえて、自分で補修できる部分もあります。 ただし、外壁補修は「ひび割れを見つけたら、コーキング材を埋めれば終わり」というものではありません。外壁の種類、傷み方、作業する場所、その後に塗装するかどうかによって適した方法は変わります。 今回は、一般の

 
 
 

コメント


bottom of page